プーシキン美術館所蔵浮世絵コレクション(18-19世紀)

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大首絵

浮世絵とは、江戸時代の町人の日常生活を描いた絵のことです。「浮世」という語は、昔は仏教用語の一つであり、「はかない世」、「苦界」、「無常の世」と いう意味でした。十七世紀末、「浮世」という語は、喜びと楽しみに満ちたこの世、現世のことを意味するようになりました。日本の版画、浮世絵は、十八世紀 末に開花しました。浮世絵の主人公は、遊女、役者、相撲取り、戯曲の登場人物、歴史上の英雄など、すなわち第三身分の代表者でした。それに応じて様々な ジャンルの版画が生まれました。「遊郭」の美人を描いたもの、役者の肖像や歌舞伎の場面、神話や文学の主題、 歴史上の英雄、有名な侍たちが戦う合戦の場面、風景、花鳥を描いた版画です。

文字通り、頭部を大きくクローズアップした絵のこと。半身像の役者絵や美人画のことをそのように呼びます。概してそれは肩と手を含む頭部を角度四十五度でとらえた絵でした。日本の研究者たちは、このような肖像画を最初に描いた絵師は勝川春章であり、それは一七六四年から一七七二年にかけてのことだったとしています(明和時代)。絵師を大構図へと向かわせたのは、おそらく歌舞伎役者たちが絶大な人気を博していたからでしょう。なぜなら階上桟敷に座る観客たには、役者たちの顔の豊かな表情を見てとるのは難しかったからです。勝川春章の弟子である勝川春好はこの流れを継承し、一七八〇年から一八〇〇年にかけて大判で頭と肩だけの半身像を描きました。

一七九四から翌五年に、東洲斎写楽が版元の蔦谷重三郎の注文を受け、役者の顔を下地に銀色の雲母を使って陰影をつけた大首絵を制作します。同時期、喜多川 歌麿は、同じ版元の注文で半身像の美人絵を制作しています。役者絵で役者たちの個性や身体的特徴が強調された一方で、美人絵で歌麿は美人が備えているべき 普遍的な理想美 — 高い額、楕円形の顔、アーモンド形の目、おちょぼ口、繊細な鼻孔のすっと鼻筋が通った鼻、長い首 — を描いたのでした。