プーシキン美術館所蔵浮世絵コレクション(18-19世紀)

カタログ

ジャンル

絵師

索引

プロジェクト
について

源氏絵

浮世絵とは、江戸時代の町人の日常生活を描いた絵のことです。「浮世」という語は、昔は仏教用語の一つであり、「はかない世」、「苦界」、「無常の世」という意味でした。十七世紀末、「浮世」という語は、喜びと楽しみに満ちたこの世、現世のことを意味するようになりました。日本の版画、浮世絵は、十八世紀末に開花しました。浮世絵の主人公は、遊女、役者、相撲取り、戯曲の登場人物、歴史上の英雄など、すなわち第三身分の代表者でした。それに応じて様々なジャンルの版画が生まれました。「遊郭」の美人を描いたもの、役者の肖像や歌舞伎の場面、神話や文学の主題、 歴史上の英雄、有名な侍たちが戦う合戦の場面、風景、花鳥を描いた版画です。

十世紀末から十一世紀初めに紫式部が著した『源氏物語』の挿絵についての話です。物語の書かれた時代から今日に至るまで、源氏物語は日本の造形美術にとって汲めども尽きせぬ創造の泉となっています。そのもっとも有名な挿絵は《源氏物語絵巻》で、いまだ十二世紀頃のものです。

《源氏物語》を主題にした版画が初めて現れたのは十八世紀初頭のことでした。このような版画や挿絵入りの本である絵本、そして一枚単独で鑑賞する一枚絵は、白黒の漆絵で制作されました。源氏物語を主題にして、喜多川歌麿、菊川英山、歌川広重ら、多くの浮世師たちが作品を制作しました。

しかし、この主題が人気のピークを迎えるのは、一八二九年、『源氏物語』を下敷きに柳亭種彦作『偐紫田舎源氏』(にせむらさきいなかげんじ)三十八編が出版されてからでした。紫式部の物語は十一世紀の話でしたが、種彦の物語では十六世紀に時代が移されています。主人公の源氏の君は、新しい物語では、光氏(みつうじ)という食い詰めた侍になっています。全五十四章から成り、章ごとに源氏が愛した女性の名前をつけるという構成は変わっていません。版画では、主人公は江戸末期の服装で書かれています。

種彦の物語の版画はたいへんな人気を博しました。物語の出版直後、最初にこの物語の挿絵を描いたのは三代目豊国でした。彼の版画は一枚絵を絵本に綴じた体裁で三十年間、出版され続けました。その後、彼の弟子から多数がこの主題を制作しました。あまりにたくさんの作品が作られたので、源氏を描いた絵という意味の「源氏絵」という特別な用語が生まれたのです。